ホホエマシイ旅人

弔いの日

いやー、すっかり更新ご無沙汰。
とんでもないくらい書くネタはあるんですけどね、
自己嫌悪に陥るほど頭が回らない。
簡単な足し算さえ危うい状態。
これって、若年性アルツハイマー?
ついに私の頭も消しゴムになってしまった...。

って、まー、原因はただの夏バテなんですけどね。
人生30年で一番のへたれこみ。
灼熱下の撮影がずーっと、ずーっと、お盆も休み無し。
あれ? 5年くらい前までは出版業界にもお盆休みが存在したのにな。
最近、関係なくなりましたね。

昨年は我が愛車C3がパンクするハプニングありの岩手帰省でしたが、
今年はこんな仕事の調子だったので、墓参りすることが出来ませんでした。

ご先祖あっての我が存在。
16日、現像所も近いので、撮影帰りに靖国神社にお参りに行こうと思ったら、
小泉首相が午前中に来たこともあり、街宣車と報道車両と警察でごった返していて、
あっさり断念。
一般参拝の気持ちも少しは察してくれないと。

父の本当の父(私の祖父)は、まだ父が祖母のお腹の中にいる頃に、
小笠原で戦死をしているのです。
あまり詳しくは誰も語ってくれないのですが、昭和20年の春頃の小笠原ということは、
アメリカ軍の壮絶な爆撃によって島の形まで変形してしまった激戦地・硫黄島。
もしくはその近辺での戦死ということになります。

夏になると各局で戦争追悼番組が放送されます。
広島、長崎の原爆だったり、沖縄だったり、東京大空襲だったり。
でも、なかなか「硫黄島」がクローズアップされることがありません。
おそらく理由としては、
そこに、ほとんど民間人が存在しなかったこと。
生還した兵士がわずかであること。
(約22000の日本兵のうち生還したのはわずか約200人)
本土への上陸をなるべく送らせるため、盾の役割となった硫黄島。
灼熱の地下トンネルに身を潜めて、攻めて来たアメリカ軍を奇襲攻撃。
投降も自決も禁止。トンネル内に積み重なって行く戦友の死体を防壁に、
とにかく息絶えるまで戦いを続けなければならない。
日本兵にとっても、アメリカ兵にとっても、
どんなに惨い戦場であったか。

「戦争は人間の行う最も無意味で悲しいこと」
という確かな事実を後世に残した沢山の命達に、
感謝しなければならないと思うのです。

クリント・イーストウッドがスピルバーグとタッグを組んで、
アメリカ側から描いた「父親たちの星条旗」、
日本側から描いた「硫黄島からの手紙」の二作品を製作。
勝った国、負けた国からの視点。
ドキュメンタリーではないのだから、多少の脚色があるだろうけど、
なかなかの試みと言えるでしょう。

私たちが怖いことは無知であること。
あまりにも私たちには知らないことが多過ぎます。

夏の日の一日くらい、平和について考えてみませんか。

あっ、今日の甲子園。
ナイスゲームでしたね。
若い力はああいう形で発揮されるべきですね。
絶対に戦場なんかに送っては行けません。
明日も頑張れ。高校球児!
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by akaring-sun | 2006-08-20 20:31 | 何となく

職業・写真を撮る人。  余った時間日本にいない人。
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