ホホエマシイ旅人

先生の魂

いろんなことに関心があって、
些細なことに敏感で、
何でもないことに疑問を持って、
ちっとも心休まる日がない、今日この頃。

さっき「ノンフィクション」という番組で、司馬遼太郎の21世紀の子供たちへ提言した文章を、学んだ子供たちの「その後」をやっていた。
司馬が初めて書いた教科書向けの文章。バブルまっただ中の時代に21世紀を案じたもの。
それを並々ならぬ情熱で子供たちにぶつかって説いていた一人の小学教師。何度も音読させて、ディスカッションをし、感想文を書かせた。

人の優しさとは本能からではない。訓練からなるものである。

それから20年。ほとんどの子供たちはその文章の存在すら忘れていて、当時の感想文を読み返して、「こんな自分がいたのか」と、恐ろしくまっすぐで嘘のない言葉に圧倒されていた。

こんな番組を見ていたら、小学3、4年の担任だった「ヤガミッチョ」を思い出した。
八神先生は目が大きくて、いつも紺色のアシックスのジャージを着ていて、クラスが騒がしくなると、拳を握って仁王立ちになって、
「お前ら、何なんだ!!! 出てけー!!! 」
と、一喝。それでも一人で教室をウロウロ立ち上がり、反省の色を示さないM君の首根っこをつかみ、
「3組から出て行け! 」
と泣きじゃくるM君をそのまま引きずって、隣の4組に放り込んで、
「すみませんがM君、うちのクラスじゃ不満みたいなので、これからお願いします」
と、4組の主任先生に一礼。結局、素直に謝れなかったM君は一週間4組にいた。
ヤガミッチョは生徒にも父兄にも大人気だった。
ことあることに自慢のオリンパスのカメラで生徒の横顔をマメに記録していたし、ひな祭りの時は自腹を切って全員にケーキを御馳走、学年ドッヂボール大会準優勝の時には誰よりも先に男泣き。そしてクラス替えが迫る4年生最後の休日には、校長に内緒でプチ旅行。
人を喜ばせるのが大好きで、曲がったことが大嫌い。
とっても熱い熱い先生だったのでした。
ヤガミッチョに誉められた作文は、今でも宝物。
先生は今どこで何をしているのかな。
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by akaring-sun | 2006-02-12 15:29 | 何となく

職業・写真を撮る人。  余った時間日本にいない人。
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