ホホエマシイ旅人

ちょっといい話

いつもならGWを前に、どこに行くかと世界地図を眺めている時期ですが、
今は日本地図の北の方ばかり見ています。
春の温かさが被災地に届きますように。

ネットがつないだ我が祖母・ミヤさんのちょっといい話。

震災後、父は繋がることの無い電話を掛け続け、情報収集と言えばテレビと新聞。
「今の時代、ネットがあるじゃないの。なんでも使わなきゃ。」
と言ったものの、古いタイプのおっさんなので簡単には信じません。
ブログ、ツイッターや人探しページで安否確認を呼びかけたところ、もう既に祖母ミヤと縁がある人々が呼びかけていたのです。
「ねぇ、おばあちゃんのこと心配している人、たくさんいるよ」
と言っても、なんでそんなことが分かるんだ的な...。江戸時代ですか、今は?
まぁ、今となってはネタとなっていますが。

生前は大変お世話になりました。と、心配してくださった方々とメールのやり取りをし、私の知らない祖母ミヤのエピソードがたくさん寄せられました。


その1、写真の話

戦前、祖母ミヤは東京のとある裕福なお宅に奉公に出ておりました。
そこのご子息、ご令嬢が、ネットで祖母の安否を心配されてました。
約70年以上前の縁。
ご丁寧にお手紙を頂戴し、その中には当時の写真が3枚入っていました。
その写真に映るミヤさんはお下げ髪のはつらつとした少女。
もちろん父が産まれるずっと前の頃ですし、この頃の祖母を知っている存命の方は少なく。いや、これぞ「時をかける少女」ですよ。
そして何より、この写真を戦争を乗り越えて大事にされてたことに、感動です。
おまけにそれをお譲り頂けるなんて。
津波で全部流されてしまいましたから、貴重な写真です。
ありがとうございます。
皆さん、写真はきちんとプリントしましょうね。
データだけで残しては時を越えないかもです。


その2、種の話

ミヤさんは岩手県漁業婦人会の幹部を務めるほどの海の女でしたが、畑でもろこしやスイカを育てたり、山野草を庭で育てたり、潮の香りというよりは、草花の香りがする祖母でした。
そんな祖母と会ったことはないそうなのですが、お手紙のやり取りでミヤさんと山野草の種の交換をされていた方の息子さんからこのブログにコメントを頂きました。
その種が、宮古から離れた北関東の地で大事に育てられていたと思うと、デジタル社会の今、心が温まります。

勝手な想像で、ミヤさんは「宮古の金浜」という極限られた地域で生きていたと思っていた。実際はそうではなかった。たくさんの方と繋がっていたんですね。


話は変わって、
中東のアルジャジーラ。
ビンラディンのことで誤解を招くことも多いかもしれませんが、
れっきとした世界を代表する報道専門の放送局です。

ここのクルーが、なんと、 宮古の金浜で取材をしておりました!

これがとても丁寧な作りで、胸を熱くさせます。
無駄な演出、無駄なテロップ、無駄なコメント、一切ありません。
とにかく、「見つめる」。
これ以上、報道がする仕事があって???

とにかく見てください。 →こちらをクリック


さぁ、がんばっぺし。
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by akaring-sun | 2011-04-16 17:58 | がんばれ東北

職業・写真を撮る人。  余った時間日本にいない人。
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